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| ミズノスポーツ振興会では、1990年度より「ミズノ
スポーツライター賞」を制定し、スポーツに関する報道・評論およびノンフィクション等を対象として、優秀な作品とその著者を顕彰しています。 |
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| 第12回(2001年度) ミズノ スポーツライター賞 |
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<制定目的> |
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| スポーツに関する優秀な作品とその著者(個人またはグループ)を顕彰してスポーツ文化の発展とスポーツ界の飛躍を期待するとともに、これからの若手スポーツライターの励みになる事を願い制定 |
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<選考対象> |
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| 主として新聞・雑誌・単行本などを通じて書かれたスポーツ分野の報道・評論・ノンフィクション等で、当該年度に発表されたもの |
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| ・委員長 |
岡崎 満義 氏(元文藝春秋社取締役、「ナンバー」初代編集長) |
| ・委 員 |
田 英夫 氏(ジャーナリスト、前参議院議員、元共同通信社
社会・文化部長) |
| ・委 員 |
廣 堅太郎氏((財)日本体育協会評議員、元広報委員会委員長) |
| ・委 員 |
松本 千代栄氏(お茶の水女子大学名誉教授、(社)日本女子体育連盟会長) |
| ・委 員 |
村上 龍 氏(作家) |
| ・委 員 |
水野 正人 氏((財) 水野スポーツ振興会会長、ミズノ社長) ※順不同 |
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| 《対象者》 |
日本人および日本在住の外国人 |
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<受賞者及び選考理由> ※所属・年齢などは当時のものです。 |
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ミズノ
スポーツライター賞 優秀賞 |
(トロフィー、副賞 賞金各50万円) |
| 『いつもキャッチボールが教えてくれた』 |
| 佐藤 倫朗 氏 (東洋経済新報社) |
野球から独立した「キャッチボール」というものがあった。それは日本のスポーツの原風景だった。明治以降の日本文化の大切な一部分だった。父親と、兄弟姉妹と、そして友だちと遊んだその思い出は懐かしく、ほのぼのとした郷愁を誘う。それは単なる遊びではなく、貴重なコミュニケーションのひとときであり、人と人、心と心をつなぐものであった……。
この本を読むと、誰しも子ども時代の家族や友を思い出し、親を思う。どこか心が癒される。 文章もさりげなくていい。ただ郷愁のためにかかれた本ではないし、さりとて日本の子どもの危機を救うのはキャッチボールだと声高に主張しているのでもない。キャッチボールの話なのだが、子どもが大人になっていく過程でいつか感じる親への「郷愁」のような思いもさらりと描かれる。
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| 『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鐵之祐』 |
| 藤島 大 氏 (文藝春秋) |
早大のラグビー部監督として伝統の早明戦の名勝負を戦い、また日本代表監督として、ラグビーの王者オールブラックスのジュニアチームから勝利をもぎ取り、『闘争の倫理』を著して独自のスポーツ観を展開した勝負師・大西の生涯を思い入れたっぷりに書き切った人間ルポである。
著者も早大ラグビー部に籍を置いたことがあり、また著者がコーチを務める高校チームが大西の高校チームと戦った戦歴もあり、それを機縁に著者へのインタビューを何度か行っている。それらを土台にしつつ、大西の知友、妻、好敵手、鍛えられ指導された選手たち、取材した記者たちの記憶と証言を集め、著書の文言を引き、大西の人柄と行動を浮かび上がらせようとしている。勝つためには徹底して相手を研究する知性が欠かせないが、同時に試合の場では理屈を越えた熱狂こそが勝負を左右する、と主張した。
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| 『仕事の風景 球場去りし後』 |
| 森 哲志 氏 (朝日新聞東京本社社会部) |
「仕事の風景」という一連の連載のなかで、とくに元プロ野球選手であった男達の「球場去りし後」に焦点をあて、人間ドラマを楽屋裏から描くことを一貫したテーマとして追求したものである。 球団から解雇を申し渡されたり、自ら身を引いたりしたその後の人生が、この連載の目の付け所で、 野球人生は一場の夢であり、人生の大事な思い出には違いないが、それにこだわってもし方がない、という冷めた見方をしている。
人生のある時期にプロ野球の世界で脚光を浴びたり栄光を手に入れたが、その後転身して普通の市民になった男たちを集めた、オムニバス形式の野球ノンフィクションである。
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