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スポーツ・ジャーナリスト
大村義和(Yoshikazu.Ohmura)
●1957年〜1970年デイリースポーツ社運動部記者。
入社早々からスポーツ紙(神戸本社発行)初の夕刊担当兼務で、当時のスポーツ全般を精力的に取材。卓球、水泳、山岳、スキー、高校野球、プロ野球企画もの、プロレス(力道山時代)から自動車レース(日本GP)、草創期からのボウリングなど。
●超過密・混迷期のボウリング界は風営化問題など多難の社会問題を抱え、乞われて“スポーツ化”を使命にフリーとなってドン底不況から復興期まで起死回生キャンペーンを成功させるなど助っ人を果たす。“文化づくり”(神戸市制百年にボウリング発祥記録発見など)も。
●フリー後も、毎日新聞夕刊連載、デイリー、日刊などスポーツ紙、マガジン専門誌に執筆。ラジオ関西、サンテレビ、朝日放送などの番組に出演。アジア大会(86ソウル、94広島)、88ソウル五輪、92バルセロナ五輪、98長野冬季五輪など取材。
●2001年世界卓球選手権大阪大会メディア委員長で、第2回日本卓球人賞・特別賞を受賞。世界ボウリング記者クラブ会員。1935年生まれ


--第4回目(2003年3月)のテーマは--

日米ファンが熱い注目!
大リーグ入り"松井秀喜選手の入念なバット作戦"

 いきなり4スイング目に右翼さく越え。トーリ監督がニッコリ。

 大リーガー「MATSUI」が本格的なスタートを切った。

ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手(28)は、2月18日、タンパ(フロリダ)で米球界を代表するスター選手らとともにキャンプイン。「注目のフリー打撃。すぐ後ろでジョー・トーリ監督が見守る中、4スイング目に右翼フェンスを高々と越える1発を放った。51スイングで6本のさく越え。“振りが小さくて鋭い。左右に打つ能力を見せてくれた。本塁打を打つだけではない。それ以上のものを持っている”と監督」(朝日新聞)

 日本の報道陣も膨れ上がるが、米国報道陣も。米国ファンの期待の大きさも想像以上だ。「あのベーブ・ルースが世界中を魅了したホームランの名場面。同じバッターボックスから松井のバットが火を噴き、ニューヨーク市民のド肝を抜くのでは…」の声まである。

 その"火を噴く"松井選手のバットを十年作り続けたバット作りの名人・久保田五十一さん(59)がキャンプ地タンパに滞在。自ら精魂込めた大リーグ仕様のバットを実打して「どうですか」と直接聞き、「いいですヨ」(松井)を確かめるためにもやって来たわけだ。ミズノはヤンキース松井選手とアドバイザリープロスタッフ契約を更新、記者発表。松井選手は「子どものときから使っていたミズノのバット、グラブなど野球品を大リーグでも使えるのはすごく幸せです」感慨深げだった。


 松井選手と久保田名人の出会い。大リーグ用バットの秘話。

 それにつけても思い出すのは、ヤンキース入り決定の記者会見で言い切った松井選手の力強い言葉だ。
「決断した以上は、命をかけて頑張ります」そして「大リーグのホームラン打者と僕の場合とは違いもありますが、向こうに行ってから対応を考えます」と自らの胸のうちをのぞかせた。向こうに行ってから・・というのは今、振り返ればすでに長年、考え、工夫研究してきたバッティングの進化法に対大リーグ投手、さらに参考スラッガーのフォームまで調べ尽くし、練ってきたものがあるからだろう。それを裏付けるのが昨年11月26日、プロ入り以来、世話になっているバット作りの久保田名人をミズノ・テクニクス(岐阜県養老町)に訪ね、大リーグ仕様のバットを注文時の内容や言葉に十分、表れていた。

 松井選手の養老入りの最初は、巨人入団決定のあとの92年12月22日だった。星稜・山下監督と一緒で、使い古した練習用竹バットを持参した。

それから毎年、使用バットの微調整のために久保田名人に会いにきた。「お忍びでこられる場合がほとんどですが、大リーグ入りを決めた今冬はそうはいきませんでしたね。私も大変でした」大勢の報道陣、新聞・TV・雑誌の取材記者たちが松井選手がどんな大リーグ用のバットを注文するのか。また<プロバットマイスター>の肩書きを持つ久保田名人が93年シーズンから02年シーズンまで作り続けた、しかも10年間のバッティング&バットの進化を含む実績を踏まえて松井選手の希望、注文を満たす新バットをどういうふうに仕上げていくのか。

 この両者の、03年シーズン開幕までの入念な打ち合わせ、ミーティング(バットの材質・形状・重量などの最終決定)むろん打ち込みや試打や日米の気象風土とも微妙に影響する日米使用球の違いまで・・。松井選手が「命をかけて」なら、その分身を作る久保田名人も同じ境地だ。


 新バット完成へ、新春からのたっぷり打ち込み(試打)

 松井選手のバットは、年々細くなり続けていた。「ヘッドが重く、しなるバット。つまり飛距離は出るが、球を捕らえにくいバット」への進化だ。

「大リーグの投手はゆれる速球を多投する。この揺れ動く速球を捕らえるポイントのバットは…。スポットを広くすれば」「芯の部分を3.5mm太く、先端よりの重心をややグリップよりに」「日米野球でもらい集めた(松井自身が)大リーガー用のバットに松井タイプはなかったものの、参考に」「球を確実に捕らえることを最優先に。そして材質はアオダモのほか、メープル(ボンズご使用)、大リーグでは主流のホワイトアッシュの3素材から」「米国公認球でのフィーリングは」etc。

 バット作り44年目。16歳のときから原木に触れ、バット作り一筋に知恵と情熱を注ぎ、熟練の技で落合、バース、イチローら数多い名打者のバットを作り上げてきた久保田名人は、今朝も夜明けの裏山を散策して、大リーグに夢かける松井選手の新バット完成へのプランを練る。

 「すでに届けて3素材で作った17本のバットでの打ち込み試打をたっぷり日本でやるといってましたから、おそらく1月中に私も出かけて行って松井さんと直接色々仕上げの調整を進めることになるでしょう」

 自然(木)を敬い、愛する久保田名人に、03年の初詣・祈願は、と問えば
「毎年の伊勢神宮へ。松井選手が大リーグで初打席・初安打も!」

 清々しく、響きのある声だった。

 AP通信は、日本の旅行代理店がヤ軍のホームゲームの入場券1000枚買い付けたこと、NHKがオープン戦7試合生中継することを報道していた。


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